広島高等裁判所松江支部 昭和41年(う)93号 判決 1966年5月31日
主文
原判決中窃盗に関する公訴棄却の部分を破棄する。
右事件を原裁判所に差戻す。
原判決中暴行に関する部分についての本件控訴を棄却する。
理由
検察官の控訴の趣意は記録編綴にかかる検事武並正也作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
一、控訴趣意書記載の控訴理由の判断に入るに先立ち、職権をもって調査するに、原判決は、起訴状記載の第二事実である暴行についてはこれを有罪と認定し、所定刑中罰金刑を選択し被告人を罰金三、〇〇〇円に処し、同第一事実の窃盗については、財物の占有者と被告人との間に親族の関係があり、告訴を待てその罪を論ずべき場合であるにかかわらず、同窃盗につき告訴のなされた形跡はないとして、公訴棄却の言渡をしたのである。
ところで本件控訴申立書によれば、原審検察官は、控訴申立書に窃盗、暴行と二つの罪名を頭書した上「頭書被告事件につき昭和四一年九月三〇日鳥取地方裁判所米子支部が言渡した判決に対し控訴を申し立てる。」と記載していることが明らかであるから、検察官は、原判決中窃盗についての公訴棄却の部分のみならず、暴行に関する有罪部分についても、控訴を申立たものとなさざるを得ない。
しかるに検察官提出の控訴趣意書にはその前文に窃盗、暴行の二罪名が掲げられているのみで、その内容としては窃盗の公訴事実に関する控訴理由が記載されているのみで、暴行の事実についての控訴理由と認め得るものは、全く記載されていないし、指定の趣意書差出期間内にその不備も補充されていないのである。(しかも本件暴行を有罪と認定し罰金三、〇〇〇円を言渡した原判決部分は全く正当であって、刑事訴訟法第三九二条第二項の職権調査によるも、これを破棄すべき事由を見出し得ない)。いうまでもなく窃盗罪の法定刑は有期懲役刑のみであって、罰金刑選択の余地はないのであるから、右暴行罪はもはや、本件窃盗に関する控訴理由の有無、延いては将来予想せられる有罪無罪の判決にかかわらず、科刑上独立可分のものとなり、刑法第四七条あるいは第四八条により、窃盗と共に単一刑をもって処断し得る余地はないのである。よって本件暴行に関する控訴は、窃盗に関する控訴の当否とは別に、結局刑事訴訟法第三七六条第一項、第三八六条第一項第一号第二号、刑事訴訟規則第二四〇条により、これを棄却すべきものとする。
二、控訴趣意第一点事実誤認の論旨について、
所論は要するに、本件窃盗の被害物件たるボールト及び板金九四二瓩は、その所有者たる有限会社富屋より、工場の建設を委任されていた秋吉弥平が、その建築資材として占有管理していたもので、岩上定吉はその占有補助者に過ぎないと認定すべきであるのに、右物件を岩上定吉の単独占有に属するものと認定した原判決は、明らかに判決に影響を及ぼすべき事実誤認を犯したものであるというのである。
なるほど、他人に雇われその指揮監督の下に労務に服する者については、たといその労務が直接物の保管々理に関係ある場合においても、これを単なる占有の補助者と認むべき場合のあることは、検察官所論のとおりである。しかしながら、民法上の請負の如く、当事者の一方は注文の趣旨に従い独自の責任において仕事の完成を約し、相手方はその仕事の完成に対し報酬の支払を約するが如き法律関係においては、特段の事情のない限り、請負人をもって注文者の占有の補助者若しくは注文者との共同占有者と認め得ないものと考えられる。ところで原審並びに当審において取調べた証拠によると、本件被害物件たるボールト及び板金は、もと米子市皆生所在の整肢学園の建物に使用されていた金具類であって、昭和四〇年秋頃、当時建物移転の必要に迫られていた有限会社富屋が移転先に建築する工場等の資材として再使用する目的で、前記学園物建の一部を有姿のまま買受け、その解体運搬につき、適当な請負人の物色を秋吉弥平に依頼した結果、前記新工場建築の設計監督の委任を受けていた秋吉が、右会社に代り右会社のために、岩上定吉を適当と認めて同人に前記解体運搬の仕事を請負わせ、岩上定吉は人夫を雇いその責任において前記会社が買受けた学園の建物を解体し、解体材を整理保管していたもので、本件ボールト及び板金も同会社所有の右解体材の一部として保管中であったことが認められ、右に抵触する柳沢栄蔵の原審並びに当審証言や、岩上定吉の原審証言の一部はにわかに措信し難いところである。してみれば本件ボールト及び板金は、岩上においてこれを約定の場所に運搬し、注文者の側に引渡を終るまでは、なお岩上の事実上の支配に属していたものと認めるのが相当であって、秋吉弥平において、時折右作業の進行状況や資材の保管状況などを確認に赴いていたとしても、それは注文者の代理として、通常用いる注意の域を出でず、その一事をもって、同人を右解体材の占有者とし、岩上定吉を占有補助者または秋吉との共同占有者と認めるわけにはゆかない。検察官引用の判例は本件に適切ではなく従うことを得ない。論旨は理由がない。
三、控訴趣意第二点法令の適用に誤があるとの論旨について
所論は、いわゆる親族相盗の規定は、窃盗犯人と財物の所有者及び占有者双方との間に、親族関係のある場合に限って適用されべきであるのに、これを窃盗犯人と占有者との間に親族関係がある以上、財物の所有者との間に親族関係のあることを要しないとして、本件窃盗に親族相盗に関する法令を適用し本件公訴を棄却した原判決は、法令の解釈適用を誤ったものであるというに帰する。
そこで判断するに、刑法第二三五条の「他人ノ財物」とは、自己以外の者の所有に属する財物を意味し、また同条の「窃取」とは、不法領得の意思で、占有者の意に反してその占有を侵し、物を自己又は第三者の占有に移す行為の意であると解せられる。従って窃盗罪は、他人所有の財物を、占有侵害の手段で領得する犯罪と理解すべきであるから、所有権もまた窃盗の被害法益と解すべくこれを単なる所持又は占有に限るとする見解には俄かに左袒し難い。いうまでもなく親族相盗の規定は、親族間内部における窃盗という事柄の性質上、国家が直接これに介入して刑罰権を発動することを差控えようという配慮に基くもので、同一財物についてその所有者と占有者を異にし、窃盗犯人と占有者との間には親族関係があるが、所有者との間には親族の関係がないとか、反対に窃盗犯人と所有者との間には親族関係はあるが、正権限に基きこれを占有する者との間には親族関係がないというように、窃盗による被害が親族以外の者に及ぶ場合にまで、親族相盗の規定を適用すべき実質的理由を見出すことはできない。されば大審院判例(大正四年九月三〇日判決、昭和一二年四月八日判決)も通説も、親族相盗の規定は、窃盗犯人が財物の所有者及び占有者の双方と、親族関係を有する場合に限って適用さるべきで、そのいずれか一方と親族の関係を欠くときは、もはや親族相盗の規定を適用すべきではないとして来ていたのである。
ところが原判決もいうように、最高裁判所昭和二四年五月二一日の判決は、「刑法第二四四条の親族相盗に関する規定は、盗罪の直接被害者である被害物件の占有者と犯人との関係について規定したものであって、所有者と犯人の関係について規定したものではない」と判示したのであるが、右判決がはたして前記大審院判例を変更する趣旨なのか否かは、当該事案や上告論旨に照らし疑問なきを得ないのであって、当裁判所としては、むしろ従前の大審院判例の趣旨に従って本件事案を処理することが、窃盗罪の本質並びに親族相盗の規定の精神に合致する所以と考える。されば右と相反する見解に基ずき本件窃盗に親族相当の規定を適用し、延いては公訴棄却の措置に出でた原判決は、法令の解釈適用を誤ったものとして、破棄を免れ得ない。検察官の論旨は理由がある。
よって、刑事訴訟法第三九八条に従い、原判決中窃盗に関する公訴棄却の部分を破棄し同事件を原裁判所に差戻すべきものとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 幸田輝治 裁判官 干場義秋 田中貞和)